マルクス・アウレリウスの自省録の一節です。

 今日、会社でいろいろ教えてもらいお世話になった人の葬儀があり、出席しました。

 入社した辺りの数年間は同じ職場でとてもよく教えてもらった。ものの考え方、図面の書き方、進め方など、あらゆることを、その人から学んだ。
 違う職場になって、あまり交流はなく、出張中に倒れられ、その数ヶ月後に職場復帰されたおりに、私が、その人にいった「なんで帽子かぶってんの?」「ちょっと恥ずかしいから」という会話が、その人との最後の会話だ。その後、交通事故に遭われ、しばらく意識不明で、闘病され、自宅療養まで復帰されたものの、出張中に倒れられた原因の再発で、5日に亡くなられたようだ。
 最後の奥様のあいさつで、自宅療養の日を顧み「父親のいる毎日、家族というものを本当に実感しました」という言葉が印象に残ります。
 どこでもそうなんかなぁ、うちの会社は、事情をあまり教えてくれない。出張中の出来事も復帰後しばらくして聞かされたことだし、交通事故のことも、ずいぶんたってから別の人に聞いた。だから、お見舞いにも行けなかった。倒れた原因も今日の葬儀で初めて聞いた。もちろん、家族の意向があったのかもしれない。
 
 休みが1年経つと、会社を退職になる。退職になっておられたんで、葬儀の日取りは、新聞のお悔やみ欄で知った。

人はいずれ死ぬ、遅かれ早かれ、だけど悔いは残っただろうか。

By husky