大分県竹田市の岡城趾

会社が工事で休日になったため、前回記事に書いた気になる石垣の岡城趾に行ってきた。陸走だけで非常に疲れた、もう2度としたくない。


 福岡にいる下宿時代の友人Kくんにも会いたいなぁ、と当初は考えていたのだが、そんな余裕は全く無いだろうということで連絡もしなかった。実際余裕はなかった。次行くな、待ってろや、いつかわからんけど。

片道1100kmあります。フェリーも考えたんですが、金かかるなーとかいろいろ考えてしまい迷っていうちに当日になってしまった。土曜日に用事があったため、日曜日のお昼に出発した。そう、夜通し走り明るくなって到着して満喫したあとキャンプしてねる計画だった。

飯田あたりから雲行きが怪しくカッパを上だけ羽織ったが、最後まで雨はなかった。山陽道に入り広島に入ったあたり(福山)までは順調で元気だったが、その後、急激な疲労と眠気?、やはり広島は遠いなぁ、大槻さん(故人)に誘われて広島の牡蠣を食べに行った92年の11月ごろを思い出す。あの時はDR350でさらにしんどかったなぁ、バイクが大きなってるのにあまり変わらない気分だ(年取ったせいで疲れる-バイクが楽になったで変わらずということか)。あの時は帰りの松川IC付近でチェーンが切れたんだった。。。今回はチェーンルブ、チェックもしてきたし大丈夫や。

山陽道は山の中を走っているので、ずっと真っ暗なんですよね、街の明かりや海岸見えたら多少の気休めになるのだがそれもなく、淡々と。PA,SAごとに休憩を入れて駐輪所で仮眠していましたが、最近のパーキングはもたれられる椅子というものが少ない。暖かくもなく、コンクリの地べたに寝っ転がっていると起こされたりするので支柱にもたれかかって仮眠してました。眠りが浅いから、起きて走り出したらすぐまた眠くなるの繰り返し。ここだけの話、広島〜下関の手前ぐらい、ほとんど記憶がないですね。走りながら寝てたんでしょう、、、たぶん。眠くなると思って、飯も食わなかったから、帰って良くなかったのかも。

今回地図を持ってなかったので、見慣れない地名、北九州と福岡で分かれてるが、同じ方向では???、とか思いつつ適当に走ってしまった。明るくなった関門海峡の橋の手前に壇ノ浦PAで写真とかって思ったら通り過ぎてしまった、あちゃ、帰りで、って思ったら上り線には壇ノ浦PAがない、う。

大分自動車道で別府湾SAに出たところでようやく九州らしい。硫黄の匂いもするし。鳥唐揚げが有名らしい、「仕込み中、しばらく食えません」。別府湾SAからの風景です。あんまりあったかく無いんですよね。

朝だからどこも開いとらん、やはりコンビニで。大分米良ICを降りて今度は10号線バイパスに入って竹田市を目指す。大分市、街ですね。九州?ここ?みたいな感じ。

高速道路の夜間割りになるので、大分米良ICを降りたところで、1万円ちょっとでした。

竹田市まで来て、Google地図見ながら岡城趾まで特に迷わなかったかな、スマホナビはあまり役に立たんね、画面小さいし、それ以上に文字が小さいから走りながら見えないし(線の上に矢印があるかどうかぐらいしかわからない)。。文字サイズ大きしたタブレットぐらいの画面を装着しないと無理やな。

11時ぐらいに目的地に着きました。入場料は300円ですが、立派なガイドになった巻物ももらえます。平日でもあるから、人はほとんどいません。片道15分ぐらいだよってのことでしたが、1時間半ぐらい十分に堪能しました。ここの城跡は、石垣がたくさん残っていて、石の積み方が色々あるって話です。

石垣の写真。。

それで、一番てっぺんには、荒城の月の作詞の滝廉太郎の像があります。

ここ出身なんですね。小学校の同級生が銅像を彫ったようなことが書かれていました。

ぶらぶらして山歩きをしたら、2時ごろでしたが、少し早いが眠いためキャンプ場に行って、休んでしまうことにしました。ここから10kmほどのところに、辻河原キャンプ場という無料のキャンプ場があるのは調べてありました。

このような時間にも関わらず、奥に先客がいました。近づくと、札幌ナンバーのF850です。テントの中で寝ているようでした。。この天気のこの時間に寝ているということは、私よりツワモノなのかもしれません。北海道から陸走とか。。。それは無い?、ありえなくもない。夕方、見かけたら同年代ぐらいのおじさんのようでした、あれもしかしたら、エイトマンさんかもしれません。なんか面影が似ていました。

チェーンの伸びが気になり、合わせようとしたらスパナを忘れてしまった、しょうがないから車載工具で。。。。うーん、入ってない。車載工具であれを調整できないなんて、どうなのよ?プライヤでなんとか回したが、最初からずれていたようだね。あと、たぶんチェーンの掃除をした時にルブをリアプレートに飛ばしてしまったんではないんかと思われる。リアブレーキの効きがすこぶる悪く、苦労した。

それかエア噛んでるのかもしれない、なんにせよ重くてちょとした整備も嫌になる。それは唯一の不満か。

近くのコンビニでビールやレトルトのご飯を買って4時ぐらいにご飯を食べ、6時ぐらいに就寝です。眠くてロウソクも出さないで眠った。

静かで良いキャンプ場でした、「水は飲めれません」と書いてありました。テントを少し開けて寝たのですが、ちょっと寒かったです。朝は夜露がひどく、雨降った以上にベチャベチャでした。山の中ではあるものの標高も低く南部でこの気候とは、今年の夏は冷夏かもしれませんね。

3時に目覚ましをかけ、4時に出発して5時前に高速に入って、深夜割引の適用を受けるつもりでしたが、10分ほど間に合いませんでした、、残念。

昨日来て、もう帰るのかみたいな気分ですが、ぼくはバイクで走っていることが好きなので、それはそれでいいのである。もっぱら観光はしないし、地元の美味しいものとかはあれば食べるがそこへ行ったり温泉にも入らない。帰路は実家に寄って、親の具合を見てからとしていました。それでも、実家まで650kmです。昼間に走ったせいと昨夜十分に休んだせいもあってか、疲れず3時ごろに着いたな。

大分道、山陽道もそうでしたが、SAにコンビニだけというのが多いでしたね、ここは、吉野家も入っています。この組み合わせは何箇所か見た。セブンアイの下に吉野家がありますが、グループ会社でしたっけ?

万歳の桃太郎は、岡山キビSAですね。おちんちんがついています。

「エイトマンさん」というのは、84年か85年のノースランドラリーで火のついた丸太の中にTS(いやDTだった)で突っ込む高校生風の若者がいて、その彼がエイトマンの、「エイト、エイト!」を叫んでいたことから、そう呼んでいます。でも、この人KTMだったし、横浜だった気がするからちがうな、たぶん。

よく走るバイクではありますが、五十肩が完治しておらず、左腕肩の痛みで長時間握ってられなかった、ケツの痛みはなかった。

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